The people around mui vol.6

百名の集落

muiにまつわる人やもの、ことを紹介しているThe people around mui今回はmuiのある百名の集落をご紹介します。

百名の集落から海に向かう道の風景

私たち家族が沖縄に引っ越してきて、もう10年という月日が流れました。
幼子だった2歳の長女は今年中学生になり、お腹の中にいた長男は小学校4年生。
末っ子の次男は小学校1年生。

muiができて5年、子供の成長とともに歩んできた忙しない日々でした。
muiの住所の字は「百名」ですが、私たちの住まいはもともと南城市の別の場所でした。
住まいも百名に移したのは2年前のこと。

一年で最も潮が引く浜下り(ハマウリ)の日、地域の人が潮干狩りを楽しむ光景

引っ越してから小学校と公民館が目と鼻の先にある環境の中で、年に何度もある区の行事に携わらせてもらえる経験は我々夫婦にとっても、子供にとっても改めてこの地域の豊かさを再認識することができた出来事でした。

旧暦の3月3日、最も引き潮になる時間に、海にいる人たちに潮が満ちることを知らせるドラを鳴らす。

この日は浜下りの行事。旧暦の3月3日、全国的なひな祭りと同じ女の子の節句ではありますが、沖縄ではお雛様を飾るのではなく、女性たちが浜へ下りて潮水に手足を浸して穢れを落とすという、沖縄独自の風習です。

ただ、今は一年で最も引き潮になる大潮の時期であることから家族で潮干狩りを楽しむ風景が広がっています。

子供たちは海の生き物に夢中、この日は海洋学の専門家の先生による干潟の生き物観察会

子供たちは海で遊び、大人たちは祈りを捧げる

琉球開闢の神様が降り立ったと言われる地域の拝所ヤハラヅカサに祈りを捧げる百名区民

沖縄の祈りはいつだって暮らしに根ざしている。

集落の人たちが安寧で、豊かで、健やかでありますようにと。

先人への感謝にも似た、誓いにも似たシンプルで無垢な祈りが自然の中にある空間に捧げられる。そこには何か偶像があるわけでもなく、立派な建築物があるわけでもない。

ただその祈りを捧げる場所はずっとその場所であることがきっと大切なんだと思う。
先人たちは絶やさずにずっとその場所で祈りを捧げてきた。

そしてその祈りの場所は集落の人をつなぐ一つのcommonsになっている。

ヤハラヅカサの裏手、浜川御嶽の前の拝所 祈りはいつだって静寂な場所にある

豊かさとは何かと考えたとき、自分から伸びる見えないつながりを想像する。

家族から友人へ地域へそして遠く遠くから繋がる祖先、豊かな自然を残してくれた先人たち、知らずに暮らしを支えてくれる社会の縁の下の力持ち、そしていつも豊かな恵と示唆深い気づきを与えてくれる自然の営み。

この地域にはそんな豊かさを感じることが溢れている。

沖縄の神様が仮住まいをしたとされる浜川御嶽 湧水のせせらぎが耳にも心地よい

今年の正月は百名区の初詣に参加した。百名には三十数ヶ所の拝所があるそうで、4班で手分けしてお参りをする。きっと最初からこんなにもたくさんの拝所があったわけではないのだろう、長い長い歴史の中で、一つまた一つと集落の人が祈りを捧げたくなるような出来事があったのだと思う。それは悲しいことかもしれないし、集落に恵をもたらしたものなのかもしれない。ただその祈りは今の今まで続いていて、自分の子供たちがお参りをしている。そのことに言葉では表せない感動がある。

集落から百名の浜に抜ける昔の古道を歩いて

決して、良いことばかりがあったわけではない土地。ましてや沖縄、苦難の歴史の果てに今がある。波のように押し寄せる辛い出来事や悲しい出来事を乗り越えて、今我々は豊かさを享受している。自然の恵や一緒に乗り越えた集落の人との繋がりが、祖先からの命のバトンを繋ぐ上で何より大切だったことを祈りは肌で教えてくれる。

大潮の干潮 百名ビーチ

人それぞれ、豊かさの物差しは違うでしょう。
またその物差しは歳を重ねるごとに移り変わりもするでしょう。
ただ、最後じいさんになって死ぬ時に、自分の子や孫に伝えたいと思う豊かさがこの集落にはある気がするのです。

浜川御嶽

この風景を未来の子供たちに残せますように

Photo by fujico
IG : https://www.instagram.com/fujicolpis/

Text by Yuta Nishi